2025年04月12日

−アートと建築の旅 <番外編>− 【パリの一日】


デザイナーの橋本です。
2023年の暮れから2024年の始めに訪れたフランス「アートと建築の旅」。

番外編は、パリ市内をお散歩しながら巡った「小さなアートと建築の旅」を振り返ります。

この日のパリは、朝から降り始めた雪でうっすらとお化粧していました。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

中心部にあるチェイルリー公園にやってきました。
開館前から並んで入ったのは・・・

オランジュリー美術館
Musée de l’Orangerie 1927

もともとはチュイルリー宮殿にあるオレンジ温室(オランジュリー)でしたが、1927年、モネの大装飾画構想のもと、「睡蓮」の連作のために改築された美術館です。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

見どころは、高さ2メートル、幅4.2メートルの巨大なキャンバス計8点から構成されるモネ最晩年の「睡蓮」連作の部屋です。
季節や時間帯によって様々な表情を見せるジヴェルニーの池の風景を描いています。
自然光あふれる楕円形の空間いっぱいにモネが愛した美しい庭が広がります。
風の匂いや鳥のさえずりが聴こえてきそう。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】
「柳のある明るい朝」クロード・モネ 1920年頃


やはり、モネの知名度、人気の高さはさすがです。
この旅を通して、観光客、アジア人、日本人を最も多く見かけました。

企画展は、モディリアーニ(イタリア/画家・彫刻家 1184−1920)でした。
エコール・ド・パリの画家のひとりであるモディリアーニ。
顔と首が長いプロポーションが特徴的です。作品から当時のモンパルナスの空気やファッションを感じ取ることが出来ます。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

パリの美術館で多く見られて「良いなあ」と思った風景のひとつ。ご年配の方々が折り畳み椅子でじっくり鑑賞し語り合っていること。
皆さんのアートへの関心の高さ、深さを感じました。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

再び公園に出て、ゆっくり縦断すると圧倒的な存在感のルーブル美術館。
今回はスキップします。

次は、公園の東側「ブルス・ド・コメス ピノーコレクション」へ向かいます。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

モダンアートのような建築を発見!

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

と思いきや、建設中の建物でした。
周辺を映し出す鏡面のパネル。建設中も美しい、楽しいアイデアです。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

ブルス・ド・コメス ピノーコレクション
bourse de commerce pinault collection 2021

16世紀に建てられた歴史的建築物、ブルス・ド・コメス。
18世紀には穀物取引所、その後商品取引所として使われてきました。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

見たかったのは、その内部。
2021年に安藤忠雄の設計により、外観を残しながら建物の内部にコンクリートの円形の回廊、展示スペースが作られました。
内側から文化遺産を見る新しい視点を取り入れ、美術館として生まれ変わったのです。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】
(内部の全貌が分かるパネル写真)


ギャラリーには、実業家でアートコレクターでもあるフランソワ・ピノー氏の現代美術のコレクションが展示されています。
壁に鐘らしきものを発見。取引所時代のものでしょうか。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

天井は、ガラス張りのドームと古い天井画。
新旧の時間が交差しながら芸術が心地よい融合を果たし、響き合っていました。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

もう一度、西側に向きを変え、ブーローニュの森にある「フォンダシオン・ルイ・ヴィトン」を目指します。

森の散歩道に入り、ふと視線を足もとに落とすと・・・

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

フォンダシオン・ルイ・ヴィトン 
Fondation Louis Vuitton 2014

フランク・ゲーリー(アメリカ/1929−)設計によるルイ・ヴィトンのアート施設です。
曲面のガラスパネルで覆われた有機的でダイナミックな外観に衝撃を受けます。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

施設内部にあるベンチ。外観建築の世界観がそのままに。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

ギャラリーの企画展は、マーク・ロスコ(アメリカ/画家 1903-1970)でした。
抽象表現主義のひとりで、大きな色彩(カラー)の面を使って、巨大なキャンバスに「場(フィールド)」を創り出した作品たち。
巨大な画の前に立つと、身体が一面の色彩に包み込まれるような感覚になります。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

お散歩のゴールは、セーヌ川のほとり「建築・文化財博物館」です。

建築・文化財博物館
Cite de l'Architecture et du Patrimoine 2007

シャイヨー宮内にある12世紀から現代にいたるフランス建築史をたどる博物館です。
実物大で再現された中世建築の複製の数々。聖堂の正面や柱など、フランス建築の変遷を知ることができます。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

博物館の窓から、パリの夕暮れ。
エッフェル塔はいつも優雅です。

アートと建築の旅 <番外編>【パリの一日】

冬のパリらしい気候の中、お散歩しながら楽しくアートと建築を堪能した一日でした。

コンセプト ジュエリーワークス
デザイナー 橋本志織


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−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】
−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】
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−アートと建築の旅<旅のおわりに>− フランス【画家が見た光を探して】


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2025年03月15日

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」


デザイナーの橋本です。
2023年12月28日から2024年1月11日に訪れたフランス「アートと建築の旅」。
これまで9回にわたりご報告させていただきました。

この旅のテーマは「画家が見た光を探して」
最後に、その視点でこの旅全体を振り返ります。

私がたどった行程はこのようなルートです。
南フランスから入り北上し、パリがゴールでした。

フランス白地図 最終0322-529568.jpg

旅のスタートは、南フランスのコート・ダジュールでした。

【南フランス(コート・ダジュール)】

コバルトブルーの海岸線が続くコート・ダジュールは、冬でも明るい陽光が降り注ぎます。
最初に向かったのは、坂を上がったヴァンスの旧市街。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

<マティス / ロザリオ礼拝堂>

ヴァンスは、この礼拝堂を手がけるためマティスが最晩年に過ごした場所です。
地中海の温かで穏やかな陽光が、マティスらしいデザインのステンドグラスを通して床や壁に混ざり合い、空間が色と光で満たされていました。
とても明るい礼拝堂で、訪れた人々をリラックスさせ、幸せでやさしい気持ちに導きます。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
礼拝堂内部(マティス 82歳)


旅の序盤に滞在したニースは、青い海と青い空、そしてゆったりと流れる時間が多くの芸術家を魅了した場所。
マティスは48歳でニースに出逢い、85歳で亡くなるまでの37年間この地を拠点に過ごします。
「この光を毎朝見られると思うとその幸福が信じられなかった。」
と語っています。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

<マティス「ザクロのある静物」 / マティス美術館>

晩年のマティスは体力とともに視力が衰えていく中、「人生における歓び」を投影したような作品に取り組みます。
ニースの美しい光と色彩に恋したマティスにとっては、まぶたの裏に焼きついたものを表現するような感覚だったのではないでしょうか。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
ザクロのある静物(マティス 78歳)


山の中腹にある陶芸どころのヴァロリスも陽光降り注ぐ明るい町です。

ピカソも、晩年南フランスに魅了された画家のひとりです。
65歳で陶芸に出逢い、91歳で亡くなるまでヴァロリスを拠点に制作しました。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

<ピカソ「戦争と平和」 / 国立ピカソ美術館>

終戦の開放感から平和を享受し、新しい家族の形もでき、ヴァロリスの人々にも愛され、心から喜びに満ち溢れたように陶芸に没頭します。
礼拝堂の壁一面に描かれた大作「戦争と平和」。
ドーム内部に「光と影」を対象的に描いており、その迫力に圧倒されます。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
戦争と平和(ピカソ 71歳)


岬のある城壁に囲まれたアンティーブにもピカソ美術館があります。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

<ピカソ「ライムのある静物画 2匹の魚とウツボ」 / ピカソ美術館>

ピカソはこの城の海側の光溢れる部屋を2ヶ月間アトリエにし、意欲的に制作しました。
穏やかな地中海を見おろしながら、優しい心もちと顔つきでキャンバスにむかうピカソの姿が目に浮かびます。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
ライムのある静物画 2匹の魚とウツボ(ピカソ 65歳)


ほど近い場所に、ド・スタールの最晩年のアトリエもあります。

<二コラ・ド・スタール「アンティーブの城砦」 / ピカソ美術館>

この頃のド・スタールは、徐々に不穏になる恋人との関係や作品制作へのプレッシャーなのか、気持ちを反映しているように色彩の彩度が落ち着き、モノトーンやシックな作品が増えていきます。
地中海をのぞむ光が豊かな鮮やかな風景も、曇り空のような気持ちで描いたのか、はたまた美しい曇り空の日にインスピレーションを得て描いたのか・・・。
グレーに豊かな色彩を感じさせるのがド・スタールの魅力です。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
アンティーブの城砦 (ド・スタール 40歳)

一方、アンティーブの前に拠点にしていたプロヴァンス・メネルブで描かれた作品では水面をオレンジで表現しています。彼の心の目がその時々の光をどう捉えていたかを想像することが出来ます。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
マルティーグ(南仏)(ド・スタール 40歳)


海岸線を離れ、内陸部・リヨンに向かいました。

【リヨン(ローヌ・アルプ地方)】

ソーヌ川とローヌ川が流れる美しい街並みのフランス第2の都市リヨンは、川に映る景色が光輝く活気ある街です。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

リヨン近郊の丘の斜面に建つル・コルビュジエが手がけたラトゥーレット修道院を訪れました。

<ル・コルビュジエ / ラトゥーレット修道院>

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

内部に入ると、光の大砲と呼ばれた丸い形の採光窓から斜めに入ってくる自然光がやさしく降り注ぎます。
コルビュジエが時間の経過や季節の移り変わりをドラマティックに演出した光は、南フランスで感じた明るい光とは異なり、内なる世界へ向かう静謐な光でした。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
修道院内部(コルビュジエ 73歳)


さらに北上し、なだらかな起伏が点在する実り豊かなブルゴーニュ地方へ。

【ディジョン(ブルゴーニュ地方)】

陽射しが強めのこの地方ですが、スイス国境にほど近いロンシャンに向かうと、ぐっと体感温度が下がります。

<ル・コルビュジエ / ロンシャン礼拝堂>

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

外界とはうって変わり、内部に入ると暗い礼拝堂に南側から星のように煌めくたくさんの光が巡礼者を迎えます。
台形にくり抜かれた奥行きのあるガラス窓から差し込む優しい外光の拡散によって、礼拝堂全体に詩的で宇宙のような世界が広がります。リヨンの修道院の光とは異なる演出を感じます。

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礼拝堂内部(コルビュジエ 68歳)


フランス北東部のグランテスト地方は、ドイツと国境を接し内陸の雰囲気が漂よいます。
アール・ヌーヴォー発祥の地ナンシーへ。

【ナンシー(グランテスト・ロレーヌ地方)】

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

<ルイ・マジョレル / マジョレル邸>

エミール・ガレが中心となったナンシー派の芸術家とこの町の職人が「生活を芸術に!」を胸に、新しい素材や表現方法に果敢に挑み多くの作品を生み出しました。
特にステンドガラスやガラス工芸は花開きました。
マジョレル邸はステンドガラスや変形ガラスの採用が印象的かつ効果的で、光を存分に取り入れた華やかでエレガントな室内です。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
マジョレル邸テラス(ガレ 43歳)


そしていよいよ、パリを中心に自然と文化のイル・ド・フランスへ。

【ポワシー・パリ(イル・ド・フランス)】

パリ近郊・ポワシーの気候は、さらに気温が下がり雪が降り始めました。

<ル・コルビュジエ / サヴォワ邸>

散歩道のような木々を抜けるとコルビュジエが手がけたサヴォワ邸が姿を現しました。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

「ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面」という近代建築の5原則が見事に体現されたサヴォア邸は、まさに「光との共演」といえます。
建物の荷重が柱で支えらるようになったことで、革新的な大きな窓や水平連続窓など光をふんだんに取り入れ、外界との境目を無くしたような解放感のある居住空間が実現しています。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
屋上庭園(コルビュジエ 44歳)


そして、旅のゴールは、パリ。
滞在中はおひさまを見られず雪模様が続きました。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」

<ピカソ「タンバリンを持つ女」 / オランジュリー美術館>

印象派をはじめ、多くの画家たちに愛されたパリ。
ピカソもそのひとりです。
オランジュリー美術館で見たピカソのパリ・アトリエ時代の作品です。
結婚後、バレエなどの舞台衣装を制作したり、彫刻に専心したりと充実していた時代に描かれた一枚。
晩年とは異なる希望や自信を絵から感じます。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
タンバリンを持つ女(ピカソ44歳)
 

最後の訪問は、私が想い続けてきた画家・二コラ・ド・スタールでした。

<二コラ・ド・スタール「コンポジション」 / パリ市立近代美術館>

ロシア生まれのド・スタールは、画家としての歩みをパリ・ゴーゲ通りのアトリエから始めます。
最愛のパートナーの死を乗り越え、新しい家族のために精力的に制作に励みます。
「黒の時代」を経て白色や明るい色が使われるのは、未来に確かな光を見ていたに違いありません。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」
コンポジション(ド・スタール 34歳)


私の「アートと建築の旅」は、画家の見た光を探して、歩いたロードムービーのような楽しいものでした。
多くの画家たちは、制作活動が充実していったり、その晩年には南フランスに向かい過ごしているので、私はその逆をたどったともいえます。
南フランスから北へ北へとフランスを縦断していくと、気候の変化とともに、光の量や性質の違いを確かに感じることが出来ました。

あの時の画家はその地の光をどのように感じ、見ていたのか、捉えていたのか・・・
アトリエを構える場所で気分が変化し、過ごす時間が変わり、作風が変わっていくのが分かりとても興味深かったです。
ピカソやマティスやド・スタールが愛したヴァンスやアンティーブは、私もとても魅了されました。

今回は冬の旅でしたが、また違う季節にきて考察してみたいと思いました。

<旅の終わりに>フランス・アートと建築の旅「画家が見た光を探して」


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2025年02月15日

−アートと建築の旅H−フランス【二コラ・ド・スタール展 / パリ市立近代美術館 】Nicolas de Staël / Musée d'Art Moderne de Paris


デザイナーの橋本です。
2023年の暮れから2024年の始めに訪れたフランス「アートと建築の旅」。

旅のゴールは、学生の頃から想い続けてきた画家 二コラ・ド・スタールの探訪です。アンティーブのピカソ美術館で残念ながら会えなかったド・スタールを、パリで開催されていた大回顧展(2023/9/15-2024/1/21)で挽回しました。

目的は、自分自身が「ド・スタールの何に魅せられてきたのか」を知ること。

期待を胸に、パリ中心部セーヌ川ほとりのパリ市立近代美術館へ。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展

到着し、まず驚いたのは、その人気の高さです。
日本ではあまり語られることのない彼の作品ですが、フランス国内では以前開催されたポンピドゥ―センターの展覧会から22年ぶりだったこともあり、パリジャン、パリジェンヌでいっぱいでした。
観光客らしき姿は全く見られず、特に高齢の方が多い印象。

学芸員にド・スタールの発音を教えてもらっていたり、作品について積極的に質問したり・・・、といたるところで活発な様子。
「アートを考察する」という真剣な雰囲気が伝わってきます。

この訪問の新たな目的が加わることに。
「フランス人をここまで惹きつけるド・スタールの魅力とは・・・」

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展

今回はヨーロッパ・アメリカのパブリックおよびプライベートコレクションから集められた200点の絵画、デッサン、版画が年代別に展示されており、時代によるスタイルの変遷が見られる貴重な内容でした。

ロシア人の二コラ・ド・スタール(1915-1955)は、ロシア革命でポーランドに家族で亡命、父母を亡くしベルギーの養家の支援で美術の高等教育を受けます。絵画と文学に興味を持ち画家を志すようになり、41歳で亡くなるまでの15年間になんと1,000点以上の作品を残します。

展覧会で見た画風の変遷を、心に残った作品を取り上げつつ、ド・スタールの人生と彼が残した手紙(言葉)を重ねながら私なりに考察していきます。

<参考文献>
「二コラ・ド・スタールの手紙」
「Nicolas de Staël / Musée d'Art Moderne de Paris」

【画家としての旅、ジャニーヌとの時代(1934年ごろ〜1947年)】
ベルギーで装飾・デザイン・建築を学んだ後、南フランス、スペイン、モロッコなど旅をしながら数々の芸術に触れ、そして描き始めます。
モロッコで後のパートナーとなる年上の画家ジャニーヌに出逢い、1940年からジャニーヌの連れ子と娘アンヌと4人で南仏ニースで、その後パリで暮らすことに。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1934「カシの眺め(南仏)」20歳


アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1941「ジャニーヌの肖像」26歳


最も初期の作品です。人物や風景など対象を忠実に表現しています。
ド・スタールらしさはまだ見られませんが、画力がありながら穏やかで温かい雰囲気がでています。

1946年、ジャニーヌが病気で亡くなってしまいます。

「すべてを与え、亡くなってもなお与え続けてくれる。」

ジャニーヌの母に宛てた手紙にこう記していることから、貧困時代を共に歩んだ最愛の人であり、精神的にも支えられていたことが分かります。

「ジャニーヌの肖像を何点か描き続け、いったい何を描いたのだろう。対象を写実的に描くことが窮屈に感じらてきた。自由な表現を模索していきたい。」

失意の中、表現は黒色を多用し、具象のその先にある抽象的な世界観に移っています。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1946-7「ダンス」32歳


【パリ・ゴーゲ通りのアトリエ時代(1947年〜1953年)】
ほどなく英語教師フランソワーズと結婚。1947年からパリのゴーゲ通りの光溢れるアトリエを拠点に、家族を養うために精力的に制作をしていきます。
マティエールはどんどん濃く、太く、油絵具をペインティングナイフで厚塗りし、色の重なりや色面で構成するスタイルに没頭している様子が分かります。
一方で色彩は、「黒の時代」を経て白色や明るい色が使われていくという変化も見てとれます。

「知性と素材の間には、とてもデリケートな知覚によって『美』に到達するまでに、なんとおびただしいコンポジション(構成)とデコンポジション(解体)が起こることか。」

美術評論家である友人に、そう打ち明けています。

私はこの時代のド・スタールらしい作風に最も感銘を受けてきましたが、改めてそれを確認することが出来ました。
抽象的なコンポジション(構成)が四角形を多用する技法に進化していき、風景画や花などの静物画にもリズム感があり軽やかさすら感じます。
明るい色を効果的に使っているのも、画家として、父親としての充実感の表れではないでしょうか。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1949「コンポジション」35歳


アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1952「花」38歳


ド・スタール愛用のパレットが展示されていました。
絵具箱をパレットにしていたようです。
絵具の量から、厚塗りに取り組んでいた彼の様子が浮かびます。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展

1949年ごろから、ド・スタールの認知度、評価は上がっていきます。
フランス政府が作品を買い上げたり、ニューヨーク、パリ、ロンドンで個展を開催したりと画家として認められてきます。
特に1950年のニューヨークでの展覧会は大成功を納め、大手ギャラリーと契約を結び、作品制作を促されるようになり生活が大きく変化していきました。
ニューヨーク近代美術館からのアンケートには次のように回答しており、画家としての自信と充実ぶりがうかがえます。

「私は絵画という材料を使って、ひとつのハーモニーを実現したいと思っている。私の理想は私の個性によって決定されています。」

その後、題材が風景や静物画からコンサート、バレエ、サッカーへと広がり、再び具象化していきます。

「そこで感じた衝撃、振動を表現したい。」

サッカーの試合を題材にした長辺3メートル以上ある大作です。色彩と色面の最小限の要素で、選手たちの躍動感を最大限に表現しています。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1953「パルク・デ・プランス」39歳


【南仏プロヴァンスのアトリエ時代(1953年〜1954年)】
充実した画家生活の中、南仏プロヴァンスのメネルブにある古城にアトリエを移します。

「無限の地平線を持つ楽園」

と友人に宛てた手紙に記しているほどお気に入りだったようです。
この地で友人の娘ジャンヌに雷鳴のような出逢いを果たします。

この時期の作品に最も変化を確認できるのは、色彩の明るさです。
テーブルの上のモノを全てブルーに、背景のオレンジと、テーブルのピンクの下に見え隠れする微かなオレンジが魅力的な作品。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1953「バラ色のテーブル」39歳


舟のある風景画。水面を光溢れるオレンジの色面で表現しています。構図が心地よいです。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1954「マルティーグ(南仏)」40歳


この頃の絵画は、マティエールがより軽く薄く、画風に流動性が出てシンプルになっています。

「僕はこんな彩り ―はかない色、あるものはありえないような輝かしい色、静かな色― を見たことはない。なんという喜び、なんという秩序。僕はとても幸福だ。」

ジャンヌとの出会いが心情に変化をもたらしたのだと想像できますが、南フランスを旅してきた私にとってピンクやオレンジを使う画家の視点に共感しました。きっとこの地の温かい気候や光がそうさせたのではと想像しました。

【アンティーブ(1954年〜1955年)】
ジャンヌを追って海沿いのアンティーブにアトリエを借ります。

「なんという少女、大地は感動で震える。」

インスピレ―ションを与えたと言われている最後に恋をしたジャンヌをモデルにした作品。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1954「横たわる青いヌード」40歳


アンティーブ期間は、徐々に不穏になるジャンヌとの関係や作品制作へのプレッシャーなのか、気持ちを反映しているように色彩の彩度が落ち着き、モノトーンやシックな作品が増えています。
ド・スタールはアトリエの絵をたくさん描いていますが、青で表現されたこの絵からは室内の温度や静けさを感じます。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1955「青い背景のアトリエの隅」


そして、最期の作品となる「コンサート」(パネル)
この絵はド・スタールが実際にコンサートに行った時の高揚感を描いた作品です。
彼の中で一番大きい長辺6メートルの大作は、残念ながらパリでも見ることが出来ませんでした。

「僕は持ちこたえられなくなり、考えに考えながら毎日筆を入れているのだが、いつもめまいのうちに終わる。」

パリとアンティーブでの展覧会を控え、極度に神経をすり減らし、この作品を描き終えることなくアトリエからアンティーブの海へ身を投げ亡くなってしまいます。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展
1955「コンサート」 絶筆
 (この記念碑的な作品は、アンティーブのアトリエに近いピカソ美術館に1986年より常設展示されています。)

「真の絵画は、常にあらゆる面、すなわち現在の瞬間と過去および未来の不可能な寄せ算に向かうものです。」

<展示を見終えて・・・>

私は、10代にド・スタールの画集に出会い、その中の作品を何度も見てきました。
その色使い、マティエール、グラフィカルな構図に魅せられてきました。
今回、多くの実物の作品を見て、それらが合わさって表現されている「独特のハーモニー」に確かに気づくことが出来ました。それはとても心地よく、ある種の抒情的な音楽のようなものでした。

具象から抽象へ、そして再び具象へと変化した稀有な画家として評されるド・スタールですが、今回の訪問と考察で、そういった表現方法の枠組みではくくれないものを私は感じ取りました。
変化ではなく進化。ジャンヌをモデルにしたヌードにも見られるように、人物画が風景画にも見えるところは、対象の本質的なものに着眼し、もっとスケールの大きいテーマを表現したかったのではないでしょうか。
それは最小限の要素で最大限の想像をさせる表現とも言えると思います。

そして、マティエールや色彩の変化は、「光」もあるのではと感じました。

「光が変わると物事に対する考え方が少し新しくなります。」

と彼自身も語っています。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展

最後に、ド・スタールがフランス人を惹きつける理由は、より深く納得できたような気がします。
作品に見られる具象と抽象の先の「普遍的な美しさ」、「洗練とモダン」のエッセンスは、アートへの関心と美意識が高いフランス人に評価されるものでしょう。

また、今回、ド・スタールの作品の変遷に、彼のドラマティックな人生 ―愛する人への想い、家族を養おうとする強さ、そして禁断の恋― を重ねて考察してみましたが、抽象的な作品にも人間的なものを感じ、絵が動的、立体的に見えました。

フランス映画の1シーンのように。



<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

ミュージアムを出るとすっかり日が暮れていました。
セーヌ川の向こう岸にライトアップされたエッフェル塔。
旅も終わりが近づいてきました。

アートと建築の旅 フランス 二コラ・ド・スタール展



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−アートと建築の旅G− フランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】


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2024年12月10日

−アートと建築の旅G− フランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】Le Corbusier Villa Savoye / Poissy 1931


デザイナーの橋本です。
昨年末から今年の年始に訪れたフランス旅行の終盤はパリに滞在し「アートと建築の旅」の締めくくりともいえる見学を行いました。

ナンシーでエミール・ガレら芸術家と職人たちの「生活に芸術を取り戻そう!」というアール・ヌーヴォー思想の誕生を実感した私は、アートと建築に関する当時のもうひとつの大きな流れにも関心がありました。

それは産業革命以降の工業的発展を肯定的に捉えながらも、それでいて美しくあるべき、と主張した「ピュリスム(純粋主義)」という考え方です。
この運動の中心になったのがル・コルビュジエで、その思想のもと設計されたのがパリ郊外ポワシーにある「サヴォワ邸」です。

パリから急行列車で30分、登り坂を20分歩くと「Villa Savoye」の標識。
新年を迎えたパリ近郊は気温が下がりずっと雪模様。この日は曇りでしたが、前日までの雪が残っていました。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

サヴォワ邸は、広大な敷地の森に囲まれた丘に、週末に滞在する別荘として建てられました。
散歩道のような木々の間を抜けると・・・

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

教科書で見た青空と芝生とのコントラスト!ではなく、真っ白な今まで見たことのない表情のサヴォワ邸が現れました。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

コルビュジエは40代に入り、友人の画家と出版社を作り総合文化誌『レスプリ・ヌーヴォー』を創刊。建築や絵画などの新しい価値観を提示することに努めました。(この頃の身分証には文筆業と記されており、文章で伝えることに重きを置いていたことがうかがえます。)

著書内で「ドミノシステム」や「近代建築5原則」を考案・提唱し、画家としても「ピュリスム」を宣言、頭角を現していきます。

「ピュリスム」(純粋主義)とは、絵画で言えば、対象を幾何学的な形態に単純化し、さらに規整線を用い、黄金比や正方形を基準にした厳格な構図で表現するという手法です。(絵画の規整線が建築の人体尺モデュロールへ発展していきます。)

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】 
コルビュジエ「積み重ねられた皿と本の静物画」1920


サヴォワ邸は、そんなコルビュジエがまさにチャレンジ精神にあふれていたであろう41歳の時の仕事です。
装飾をそぎ落とした幾何学的なデザイン、ガラス材、鉄筋コンクリートなどの新素材の使用など、近代建築に対する考えを具現化した象徴的な作品といえます。

またサヴォワ邸は「建築的プロムナード」として知られる構成で、スロープが重要な役割を担い、横と縦の視点の移動を可能にしています。

まさに建物内を散策路のように歩いてコルビュジエの精神を体感出来ます。
エントランスから。
1F “ピロティ(柱)”部分は、3台の車庫、運転手・使用人の部屋、ランドリールームがあります。
スロープをのぼり2Fへ。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

2Fにはリビング、寝室・浴室、子供部屋、キッチン、“屋上庭園”があります。
リビングと庭園は、全面ガラスの効果で、自然の中に身を置いているような解放感があります。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

建物の荷重が柱で支えらるようになったことで、外壁は“水平連続窓”の設計など“自由な立面”を可能にし、間仕切りの内壁はなく“自由な平面(間取り)”を実現しています。
壁を水色とピンク色に分け、ダイニングとリビングを視覚的に区別しています。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

螺旋階段がフロアの中心にあります。
直線とのコントラストが美しくまるで彫刻作品。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

浴室とその奥に寝室。
入浴中にくつろぐソファの形は、コルビュジエの名作椅子「LC4/シェーズ・ロング」を連想させます。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

スロープで最上階のテラスへ。
半球型の防風壁は、1F “ファサード”で見た緑色の車庫のカーブと呼応しています。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

プロムナードのゴールは、ソラリウムにある「壁に開けられた窓」。
セーヌ川の美しい景色を1枚の絵画のように堪能できます。

見学を終えて、計算しつくされた幾何学のデザインや、美しい比率で構成された部屋や窓などの設計は、まるでピュリスム絵画の中を実際に歩いているような心地よい感覚をおぼえました。

IMG_2290-529.jpg

サヴォワ邸は、芸術が人間に作用するものとして、その関係性を造形を通して探求し続けたコルビュジエの芸術的思考が強く感じられる作品でした。

工業化のうねりに反動するかのように自然との共生を匠の手仕事で実現したナンシー派に対し、工業的発展の流れにのりながら、新たな手法を模索し機能性を追求していったコルビュジエらのピュリスム。
表現は全く違えど根底は、どちらも生活をより良く美しく豊かにという想いは同じだと実感しました。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

今回の旅で、コルビュジエの3作品
・サヴォワ邸(1931年、44歳)
・ロンシャン礼拝堂(1955年、68歳)
・ラ・トゥーレット修道院(1960年、73歳)
を見ることができました。

ピュリスムを経て、コルビュジエは「人間と自然との調和」を新たなテーマにし、絵画だけでなく、タピスリー、壁画、彫刻、モニュメント、版画作品の制作にも取り掛かります。
建築家としての飛躍と同時に、芸術家としても成熟していき、晩年「ロンシャン礼拝堂」、「ラ・トゥーレット修道院」へと辿り着くのです。

3ヶ所の訪問で、幸運にもコルビュジエの人生の変遷をたどることとなりました。
深い探求心と挑戦的な精神が様々な表現を手にしていき、より自由に建築と芸術の密接な関係を築くことになり、その結果、相互が融合した素晴らしい作品へ結実していったのだと感じました。

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】



<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

パリは公現祭シーズン。
「ガレット・デ・ロワ」(王様の菓子)が街の至るところに並んでいました。
パイの中に隠れているフェ―ヴ(陶製の小さな人形)が自分のピースに入っていたら1年間幸運に恵まれます。
いつか家族でやってみたい!

アートと建築の旅Gフランス【ル・コルビュジエ サヴォワ邸 / ポワシー 】

コンセプト ジュエリーワークス
デザイナー 橋本志織



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2024年11月17日

−アートと建築の旅F− フランス【ナンシー派美術館・マジョレル邸 / ナンシー 】Musée de l'École de Nancy 1964・Villa Majorelle 1902 / Nancy


デザイナーの橋本です。
年末年始に訪れたフランス「アートと建築の旅」。
次の目的地は、ディジョンから高速列車で北へ1時間半、いよいよ芸術の都・パリに入ります!
旅の後半は、パリを拠点にアートと建築を堪能しました。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

パリの宿に一旦トランクを置き、東駅から再び高速列車に乗りさらに東へ1時間半。
移動日の半日を使ってもどうしても行きたい場所がありました。
フランス北東部ロレーヌ地方、「アール・ヌーヴォー」が生まれたナンシーです。

「アール・ヌーヴォー」とは、19世紀末からヨーロッパを中心に花開いた新しい芸術運動です。自然界をモティーフにした有機的で自由な曲線構成と、鉄やガラスなどの当時の新素材の起用が特徴です。

産業革命による大量生産の反動で起こったウィリアム・モリス(イギリス)のアーツ・アンド・クラフツ運動を筆頭に「社会と生活に芸術を取り戻そう!」という思想がヨーロッパ各地へ広まり、アール・ヌーヴォーとして結実し、そしてアール・デコ、モダニズムへつながります。

私は、学生の頃からオーストリアやベルギー、フランス、スペインをめぐり、アール・ヌーヴォー様式の建築、工芸、美術、グラフィックなどの作品に数多く触れてきましたが、この装飾的で高度にデザインされた表現方法がいかにして、また、なぜこの地で生まれたのか、それを知りたくてナンシーを目指したのです。

駅を出ると、目の前に広がる古い街並みにタイムスリップしたような感覚と同時に、ワクワクする気持ちがわいてきます。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】
標識に「Art Nouveau」の文字!


はじめにナンシー派美術館へ。
ナンシー派(L'École de Nancy)とは、ガラス工芸デザイナーであり植物学者でもあるエミール・ガレをリーダーに、ナンシーの芸術家と職人が手を取り合い、手工芸・芸術・教育など、地元の産業と文化の振興を目的として作られた同盟です。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

こちらの部屋では、当時の雰囲気がそのまま再現されています。
天井から照明、家具、調度品に至るまですべてが緻密にデザイン、創作されています。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

館内には数多くのエミール・ガレの作品が展示されており、彼の創作の変遷と研究の軌跡を辿れます。
こちらはガレにはめずらしい雰囲気の陶芸作品。
右端に愛らしいサルがひっそりと。。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】
「エミール・ガレ 猿の装飾皿」1880年頃


最も感動した作品。
モティーフが動植物ではなくグラフィカル。細かな美しい絵付けに目が釘づけになります。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】
「エミール・ガレ ペルシャ騎士の箱」1882年頃


続いて、美術館から少し歩いてマジョレル邸へ。
マジョレル邸をデザインしたルイ・マジョレルは、家具職人・金属工芸家でした。
建築、家具、金属、ステンドガラス・タイル(陶)などの内装は、すべて彼の仲間たちであるナンシー派の芸術家や職人たちとの技術と叡智の結集です。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

エントランス。
手すり、庇や窓柵のモティーフに金属工芸の技が光ります。
特に手すりの優美でのびやかな曲線にしびれました。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

内装には木材がふんだんに使われ温かい雰囲気。家具はすべてマジョレル氏自身によるものです。炎が燃えているようなひときわ存在感をはなっている暖炉は陶芸家の作品です。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

優しい曲線に囲まれた室内テラス。
壁はすべて陶製のタイルです。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

階段と手すりとペンダントライトが奏でる曲線と装飾のハーモニーは、アール・ヌーヴォー様式の真骨頂。
美しいステンドガラスは、当時人気のガラス工芸家によるもの。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

邸内からエントランスを眺めます。
可愛いモティーフはルナリアの花です。壁や床にも花が広がり、空間全体に抒情的な印象をもたらします。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】

2ヶ所の訪問を終え、ここで感じた空間の雰囲気や、出逢った多くの作品から私の心に残ったのは「情熱と喜び」です。
「生活を芸術に!」を胸に、新しい素材や表現方法に果敢に挑んだ芸術家たちの情熱と、この街を愛する職人たちの丁寧な手仕事が、創作を芸術の域に高めていった様子が浮かびます。
ナンシーは、周辺の区域がドイツ領になる中、フランス領に留まったそうです。
その喜びが、より自然との共生を深め、芸術性を高めたのかもしれません。

アートに携わる者の一人として、この地に立てたことに、そして力強いエネルギーをいただけたことに感謝の気持ちがじわりとわいてきました。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】


<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

パリからナンシーに向かう行きの高速列車でのひとコマ。
何らかの理由で1時間くらい停車中。
ドアは開け放たれ、皆さん、野原で犬と散歩したり、子供は走ったりと長めのブレイクタイム。
もしかして、慣れっこ?
私は、ナンシーに無事たどり着けるか不安でいっぱい。。

アートと建築の旅Fフランス【マジョレル邸 ・ナンシー派美術館 / ナンシー】



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デザイナー 橋本志織








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2024年10月16日

−アートと建築の旅E− フランス【ル・コルビュジエ ノートルダム・デュ・オー礼拝堂 / ロンシャン 】Le Corbusier Chapelle Notre-Dame du Haut/ Ronchamp 1955


デザイナーの橋本です。
年末年始に訪れたフランス「アートと建築の旅」も中盤、折り返しとなりました。
内陸のリヨンから高速列車で1時間半、ブルゴーニュの首都・ディジョンに向かいました。
目的は、建築に携わる方にとって一度は訪れたいと言われているル・コルビュジエの礼拝堂です。

ディジョンから東、スイス国境付近にあるコミューン、ロンシャン。
中世からロンシャンは巡礼地であり、個人旅では行くのが難しい場所にあります。
意を決してディジョンから車を借り、田園地帯を走り続けて2時間半・・・。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂
車窓から見えるのは、果てしなく広がる田園風景。期待感に不安が混ざります。


ロンシャンを見下ろす丘に上がると、西にソーヌ川平野、東にヴォ―ジュ山脈、南と北に小さな谷を臨むその神秘的な地形に思わず息をのみます。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂
個性の違う4つの地平線の風景にコルビュジエは魅了されたと言われています。


ノートルダム・デュ・オー礼拝堂(ロンシャン礼拝堂)は、第二次大戦で教会が壊されたのち、コルビュジエにより再建されました。
依頼したのは、「ラ・トゥーレット修道院」と同じ神父さんです。

周辺の山々と対話するかのように曲線で構成された外観は、ラ・トゥーレット修道院とは対照的に有機的なたたずまい。
ユニークな屋根のカタチは、ひさしの役目もあり、コルビュジエが大好きな海で出逢ったカニの甲羅がモティーフだそうです。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂
大規模な修繕が行われていました。


礼拝堂内部へ。
東側の祭壇の壁には、戦禍を逃れた聖母子像が大切に小窓に納められていました。壁の裏手、屋外広場で典礼をする際は、外側に向けられるように考えられています。

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ユニークな屋根の形の理由が内部に入り見上げるとようやく分かります。
天井は、布がたわんでいるような大胆な曲面が覆っていました。
屋根と壁の間には全面にわたり細いスリットがあり、光が入り軽やかな印象を与えます。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂

暗い礼拝堂を彩るのは、南側から入る星のように煌めくたくさんの光。
台形にくりぬかれた奥行きのあるガラス窓から差し込む外光の拡散によって、礼拝堂全体に神秘的で詩的な世界が広がります。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂

左側に見えた塔は、南側に位置する小礼拝堂です。
高い天井から入る明るいやわらかな自然光とフロアライトとの競演が見られます。

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ここまでの見学を終え、この礼拝堂の最大の魅力は内部空間であり、まるで光の実験室のように光の特性を生かした様々な演出があることだと感じました。

一方、訪問前に私が期待していたのは、コルビュジエの画家としての一面を感じ取ることです。
それは、予想を超えて存分に表現されていました。

ガラスにコルビュジエ自身が黒い筆で描いた絵や文字の数々。
筆跡から彼の遊び心やチャーミングな側面が感じられます。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂

コルビュジエは、ステンドグラスではなく、薄い色のガラスをこだわって使用したそうです。
外の移ろいゆく植物や空や鳥が、彼が描いたガラス窓の中で生き生きとしたモチーフになっています。
室内にいながら鳥のさえずりや風の音が感じられるような、外部と内部の交流を考えたコルビュジエのやさしい目線を感じました。
いわゆるコルビュジエらしい近代建築5原則の枠内では語ることのできない貴重で芸術的な手仕事です。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂

こちらのガラス面には、いくつかのフレーズが並んでいます。
それらは、聖母マリアの祈りから生まれた言葉たちです。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂

北側の正面出入り口。
エナメルの鮮やかな装飾が施された大きな回転扉も、コルビュジエによるものです。
巡礼が行われる日にしか開かれないそうです。

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂

コルビュジエはロンシャン礼拝堂に対し、「沈黙、祈り、平和、内なる喜びの場(光の器)を創造したいと望みました。」と言っています。
私は、建築内をめぐり生命賛歌のような内なる喜びを強く感じました。

往復で5時間程もかかり訪れるのに大変な思いをしましたが、その内部空間に入り体感することで、世界各国から人を惹きつけてやまない魅力ある建築とアートの力を理解することが出来、とても感動しました。

見学を終え、礼拝堂を背にその広大な景色の中に身を置いた時、時空を超えてコルビュジエからの想いを受け取ったような不思議な気持ちになりました。


アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂


<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

ブルゴーニュといえば、ワイン。
ディジョンに戻り、夜、宿泊先近くのワインカーブ・La Cave de la Cité(ラ・カーヴ・ドゥ・ラ・シテ)へ。
壁一面にワインボトルが並び、テイスティングのマシンがぐるりと360度!
好みのワインの前でプリペイドカードを挿入、ボタンを押せばワインがグラスに注がれます。
皆さまワイングラスを片手に味わいながらも熱く語り合っていらっしゃる。
なるほど、フランス人のワインや食への意識はやはり高い!?

アートと建築の旅Eル・コルビュジエ  ノートルダム・デュ・オー礼拝堂


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2024年08月14日

−アートと建築の旅D− フランス【ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン】Le Corbusier Couvent de la Tourette / Lyon 1959


デザイナーの橋本です。
年末年始に訪れたフランス「アートと建築の旅」。
旅の序盤はしばらく南仏のニースに滞在し、マティス、ピカソ、ド・スタールの作品に、そして彼らが過ごした街を巡り、その心に触れることが出来ました。
続いて内陸、北へ行き先を変え、まず立ち寄ったのは川と美食の街・リヨンです。
ニースから高速列車で約5時間の移動。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン
ソーヌ川とローヌ川が流れるリヨンの街並み


リヨン滞在中のテーマは、「建築の探求」。
私は高校から美術を学び、主に平面のアートをライフワークとしてきましたが、ジュエリーの世界への扉を開いてくれたのは、大学時代に出逢った建築家のヨーゼフ・ホフマン(オーストリア、1870−1956)です。
彼が手がけた建築物はもとより、デザイン・制作されたジュエリーや生活に関わるプロダクトは、私の想像の翼を大きく広げてくれました。
様々な建築家の作品にも興味をもつことになり、今後もジュエリーの制作のためにも、デザインに限らずその構造を考えるうえで探求を続けたいと思っています。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン

目指したのは、リヨン郊外にあるル・コルビュジエの「ラ・トゥーレット修道院」。
リヨンから電車で50分、最寄駅から坂道を30分歩くと静かな森の中に現れます。
すでにル・コルビュジエ建築の雰囲気を存分にまとっています。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン
手前の建物が四角い囲いの中に鐘のある礼拝堂


フランス国内には、世界遺産に登録されているル・コルビュジエの建築作品が10点ほどあり実際に見ることが出来ます。
ル・コルビュジエは、近代建築の礎を築いたひとりで、それまでの古典様式的な建築からコンクリートやガラスを使用した革新的で自由で開放的な住空間、いわゆるモダニズム建築を世界に広める運動に尽力し、日本の多くの建築家にも影響を与えました。

樹木のような柱が支えるコンクリートの直線的な建物が修道院です。
高い丘の斜面に沿うように建てられていますが、そのピロティ(柱)構造が彼の代名詞ともいえる建築手法です。
そのおかげで眼下にリヨンの美しい街並みを眺めることが出来ます。

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今でも修道院として使われている施設ですが、ガイド付きツアーのみ見学が許されていましたので参加してきました。5階建てのうち2階、3階のみ内部を見ることが出来ます。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン
ツアー参加者は、建築学科の学生さんなど30名位、子供たちもいました。


3階食堂は、開放的で明るい雰囲気。
太い円柱と、両側の壁の全面に施されたガラス窓が効果的です。
左側は「波動式ガラス壁」、右側は「モンドリアン・パネル」といい、その比率や効果が緻密に計算された手法によるものです。
窓からは自然豊かな景色が一望出来、穏やかな心もちになりますし、ひとつひとつの窓から差し込む光がリズミカルで絵画的な印象も受け、何だか楽しい気持ちにもなります。
ル・コルビュジエは建築家としてだけではなく、画家、文筆家などの多彩な顔を持っていたといわれています。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン

2階に降りると、聖堂(教会)に続く廊下にもガラス窓から明るい光。
当時は珍しかったであろう長いスロープを下ります。建物が丘の斜面にあることを思い出させます。
突き当りが教会の入口です。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン

聖堂の内部へ。
それまでの明るく開放的なイメージとは全く違う世界が広がります。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン

室内に照明はなく、長方形や丸い形の明り取りから入ってくる自然光が室内にやさしく降り注ぎます。
細長いスリット窓から入る斜めの光が特に印象的でした。

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地下礼拝堂。
こちらも地形に沿って勾配しており、土地との結びつきを感じます。
暗さとコンクリートに囲まれた静寂の中にしばらく身を置いていると、そこでしか感じられない感覚が宿ってきて、神聖な心もちになります。

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聖堂と礼拝堂をゆっくり歩き、最初に抱いた暗い印象から、しだいに影の中のほのかな光を感じ取れるようになり、さらに時が経つにつれじんわりと光と色を豊かに受けとめることが出来ました。
内なる世界へ入っていくような豊かな祈りの空間でした。

おそらく1日の時間の経過や季節の移り変わりで、光と影の動きの変化が特別な空間を作り出すという、大胆かつドラマティックな演出をル・コルビュジエが緻密に計算したのだろうと想像しました。

南フランスで感じた柔らかい光とは違い、ル・コルビュジエの考えがディティールに宿った光と影の演出にある種の絵画的な要素を感じ、学びの多い印象的な機会となりました。

市街地に戻るとすっかり日が落ちて・・・
川に街の光が反射し幻想的な美しい風景に変わっていました。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン


<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

リヨンでのもうひとつの目的は、郷土料理を楽しめるブションでの食事。
どこに入ろうか迷いながらぶらぶら歩いていたら、地元のフランス人家族が「ここ美味しいわよ!」と教えてくださいました。
この出会いを信じて(!)、ご家族とほぼ同じメニューをいただきました。

アートと建築の旅D フランス ル・コルビュジエ   ラ・トゥーレット修道院 / リヨン
牛肉の赤ワイン煮込み、豚の内臓のソーセージ(マスタードソース)


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2024年07月12日

−アートと建築の旅C− フランス【ピカソ美術館/ アンティーブ】 Musée Picasso d'Antibes /Antibes 1966


デザイナーの橋本です。
年末年始に訪れたフランス「アートと建築の旅」。
ニースに滞在して南仏の街々を歩いた旅前半の最後の目的地は、海岸沿いの「アンティーブ」です。

南仏でパブロ・ピカソの作品が展示されている場所は、ヴァロリスの国立ピカソ美術館と、アンティーブ・ピカソ美術館があります。
−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ

アンティーブでは、巨匠・ピカソの作品に触れることの他に、私にとって大きな目的がありました。
私は高校から本格的に油絵を学び始めましたが、その頃に出会った「ニコラ・ド・スタール(1914-1955)」のモダンで洗練された世界観に大きな影響を受け、その後も最も好きな画家のひとりとして想い続けてきました。
アンティーブはロシア生まれのド・スタールが晩年を過ごした場所で、彼の貴重な作品がピカソ美術館に展示されているからです。

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ
私の宝物のド・スタールの画集


港町アンティーブは、コート・ダジュール海岸線の城壁に囲まれた美しい街で、海を見下ろす静かな場所にピカソ美術館があります。
古代ギリシャ時代にその土台が作られたと言われ、17世紀にグリマルディ家が城砦として建造した建物が現在の美術館になっており、とても歴史を感じます。

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ

美術館に入り、中庭に出てみると・・・

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ

地中海の穏やかで美しい眺望がパノラマで広がります。

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ

1946年(ヴァロリスで陶芸を始めたころ)、ピカソはこの建物の最上階の海側の部屋を2ヶ月間アトリエにし意欲的に制作しました。今ではアトリエの面影はありませんが、同じ最上階で当時制作されたピカソの貴重な作品を見ることが出来ます。

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ
「ライムのある静物画、2匹の魚とウツボ 灰色の背景に」 1946


アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ
「遊ぶ母親と子供たち」 1951


ヴァロリスで制作されたお皿の陶芸作品もありました。

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ

今回、残念ながらド・スタールの展示は見ることが出来ませんでした。
訪れる前からパリでド・スタールの回顧展があることは知っていたのですが、アンティーブで一枚も見られないとは・・・。
念願の出逢いは、旅の後半・パリ訪問へ持ち越しとなりました。

海岸線の先にあるド・スタールのアトリエは、画家への想いが強すぎて訪れることが出来ませんでしたが、記念にアンティーブを描いた作品のポスターを購入。(帰国後、額装しました。)

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ
「アンティーブの城砦 」 1955


夕暮れが近づき、もう一度中庭へ。
ピカソやド・スタールが見た眺めと同じであろう景色を、閉館まで時間の許すかぎりただただ見ていました。
青い海と空、豊かな自然、温暖な気候、光と色彩が織りなす鮮やかでありながら穏やかで優しい時間。
今も若い芸術家たちを魅了し続ける南仏・アンティーブは特に印象的な街で、再訪したいという想いが募りました。

アートと建築の旅Cフランス ピカソ美術館/ アンティーブ

いよいよ南仏コート・ダジュールを離れ、川と美食の街・リヨンへ向かいます。


<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

アンティーブでランチをしたカフェでのひとコマ。
雰囲気のある老夫婦、道行く何人もの若い男性がお父さんに挨拶のハグをしていました。奥様との赤いコーディネートが仲良さそうでとても素敵でした。

アートと建築の旅Cフランスピカソ美術館/ アンティーブ


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デザイナー 橋本志織





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2024年06月15日

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】 Musée National Picasso / Vallauris 


デザイナーの橋本です。
年末年始に訪れたフランスでの「アートと建築の旅」。
3回目は、ピカソ・陶芸作品の探求を振り返ります。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】
−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】

旅の前半は、南フランス・ニースを拠点にいくつかの街をめぐりました。
国立ピカソ美術館は、ニースから西へ電車とバスで1時間50分ほど、山の中腹の陶芸の街「ヴァロリス」にあります。
以前、南青山のヨックモックミュージアムでピカソの陶芸作品を見て以来、その遊び心に魅了されました。
南フランス・ヴァロリスの「マドゥーラ窯」で制作されたことを知り、今回行ってみたい場所のひとつでした。

キュビズムの巨匠、パブロ・ピカソといえば特徴的な絵画や彫刻が思い浮かびますが、陶芸作品もとても素敵なんです。
既に名声を得ていたピカソが、この地で晩年まで意欲的に制作した多くの陶芸作品を見ることが出来ましたので、出来る限りその雰囲気とともにご紹介しますね。

美術館外観
もとはヴァロリス城で、かつて修道院だった場所が現在は美術館になっています。

IMG_0490--529.jpg

美術館入り口
国立ピカソ美術館・陶器美術館・マニエリ美術館の3つの美術館が入っています。

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】

スペイン内戦を描いた作品「ゲルニカ」(1937)以降、平和活動に深く関わっていたピカソでしたが、第二次大戦後、その生活は大きく変化していきました。
1946年、ピカソは65歳にして陶芸という新しい表現に出逢い、騒がしいパリから南仏へ移住。終戦の解放感、新しい家族の形成、南仏の温暖な気候の中で、平和を享受し、心から喜びに満ち溢れたような制作を行います。

館内の映像では、たばこを片手にリラックスしながら楽しそうに絵付けをしているピカソの姿がありました。平凡なお皿や水差しや壺が、ピカソの手によって瞬く間に命が宿り、生き生きとしていく過程は、魔法をかけているようでした。

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】

ピカソの絵画には平和の象徴である鳩が登場しますが、陶芸作品にも表れます。

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】
「花束」1955(マドゥーラ窯のマダム ラミエ氏に捧げられたもの)
「麦わらのベッドに坐る鳩」1949 他闘牛シリーズ


ふくろうや山羊、魚などの作品の他にも、愛らしい表情がたくさん登場します。
遊び心に充ちあふれた作品の数々。ピカソにとって愛すべき大切なモティーフが、色やカタチを変えては繰り返されていく過程に、日常の眼差しが伺えます。

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】
「格子の顔」1956 「四角い顔」1956 「顔と葉っぱ」1956 他顔シリーズ


−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】
「ほおづえ」1951 3本脚の壺のアレンジ


何点かヴァロリスでの展覧会のポスターの作品がありました。陶芸が衰退していたヴァロリスをピカソが盛り上げていったことが分かります。

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】
木版画の版木と作品 「ヴァロリスの展覧会ポスター」


陶器美術館と同じ敷地内に、もと修道院の礼拝堂の壁と天井一面に描かれたピカソの大作があります。
70歳の誕生日を祝福した町の人へピカソが贈った作品といわれています。ヴァロリスの人々に愛された人気者だったんですね。「ゲルニカ」よりも知られていませんが、渾身のすばらしい作品です。70歳とは!!

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】
「戦争と平和」1952


今回の訪問で感じたのは、「平和への想い」と「ヴァロリスへの愛」です。
陶芸作品は、絵画作品よりも直接的に想いを伝えられたのかもしれません。筆跡が絵画以上に分かり、また絵画より要素が少ない分、ピカソの気分や感情がより身近に感じられました。
人間・ピカソの横顔を覗けたような訪問でした。

そして、念願のマドゥーラ窯へ。工房は閉鎖中でしたが、古い石造りのこの中で、この地の土であの愛らしい作品が次々と生まれたと思うととても感慨深かったです。素朴で温かいヴァロリスだからこそと実感しました。

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】



<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

ヴァロリスの街並み、アイスクリーム屋さんの看板がチャーミングでしたので、パチリ。
まるで女子会のように楽しそうにおしゃべりするおじいさまの集まりが印象的でした。ご高齢の方々がお元気!

−アートと建築の旅B− フランス【国立ピカソ美術館・陶器美術館 / ヴァロリス】




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2024年05月15日

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】 Musée Matisse / Nice 1963


デザイナーの橋本です。
年末年始に訪れたフランスで見たこと、感じたことをこのブログを借りて不定期でご紹介しています。

旅の始まりにマティスが手がけたロザリオ礼拝堂を訪ね穏やかで温かな心もちに。
続いてニース市内に戻り念願のマティス美術館へ。

ニース旧市街は歴史的にイタリア文化圏に属していた時代が長かったため、建物に赤や黄色のパステルカラーが見られ異国情緒な雰囲気が残ります。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】

ニース駅から北側へバスで15分ほど、丘の上のローマ時代の円形競技場のある公園に入ると、マティス最期のアトリエと、マティスが眠るお墓のすぐそばに、17世紀に建てられた赤い邸宅の「ニース市マティス美術館」があります。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】

マティス本人と遺族から寄贈された初期から晩年までの絵画、デッサン、版画、切り紙絵、彫刻などの他に、マティスが世界中から集め愛用していた家具やテキスタイル、オブジェなど個人的なものも多く所蔵する美術館です。

ほとんどが撮影が許されていましたので、現地の雰囲気とともにご紹介しますね。

美術館入り口では、2点の切り紙絵が迎えてくれました。
魚、鳥、サンゴ、海藻などがリズミカルに踊っているよう。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】
「オセアニア 海」「オセアニア 空」1946 (切り紙絵)


メインホールには8.7メートルほどある「花と果実」。
個人宅の中庭用に考案した作品で、亡くなる前年に完成したとは思えない力強さ。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】
「花と果実」1953 (切り紙絵)


私が最も興味を抱いたマティスの部屋の写真です。右下にはソファでくつろぐマティスの姿、左側には大きな鳥かご。たくさんの鳥や花、観葉植物と暮らしていた様子がうかがえます。

“私が夢見るのは座り心地のいい安楽椅子のような芸術である”と語ったマティス。
絵画作品にも登場するお気に入りのロカイユ様式の肘掛け椅子や、オリエンタルなテキスタイルも展示されています。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】

北フランス出身のマティスは、1917年(48才)でニースに出逢い、85才で亡くなるまでの37年間この地を中心に暮らします。
北部には見られない青い海と空、豊かな自然、色鮮やかな建物、ゆったりと流れる時間、ニースの美しい光と色彩に恋し、明るく鮮やかな作品がたくさん生まれていきます。
色彩豊かな切り紙絵の作品もニース時代に生まれます。

マティスの暮らしがそのまま絵画になったような作品。
ニースへ観光客を誘致するためのポスターになりました。
ポスターには“ニース 仕事と喜び”という言葉を自筆で添えたそうです。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】
「ザクロのある静物」1947 (油彩)


こちらの部屋には全面にブルーの気持ちよさそうに泳ぐ人。
晩年“好きだった海にもう行けなくても、この作品に囲まれていると海にいるようだ”と言っていたそう。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】
「プール」1952 (切り紙絵からセラミック)


ニースはマティスにとって「この光を毎朝見られると思うと、その幸福が信じられなかった。」と後に語るほど魅了する理想郷でした。

視力や体力がなくなっていく晩年でしたが、”人生における歓び”を作品に表現し続けたのでは・・・と感じることの出来た訪問でした。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】

ニースには5日間ほどステイし、マティスがお気に入りで繰り返し描いた椰子の木が並ぶ海岸沿いを歩くなど、マティスが過ごした日々に想いを馳せました。

「明るく温かい、そして人々を笑顔にするマティスの作品がいかに生まれたか・・・」
訪問前に抱いていた興味の答えを、冬のニースの淡い光の中に見つけられたような気がしました。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】

ただいま大作「花と果実」や切り紙絵の作品が、ニース市マティス美術館から東京・国立新美術館にきています。
「マティス 自由なフォルム」(国立新美術館・5月27日まで開催中)



<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

2024年の元日はニースで迎えました。
信じられないくらいの穏やかな日没。
この地で暮らす皆さん海岸まで出てきて、おしゃべりしたり、一人で静かに過ごしたり、海が大好きで海とともに生きているんだなと感じました。

旅の前半は、しばらく南フランス・コートダジュール地方に滞在します。

−アートと建築の旅A− フランス【マティス美術館 / ニース】




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−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】



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2024年04月11日

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】 MATISSE Chapelle du Rosaire / Vence 1951


デザイナーの橋本です。
年末年始に長めのお休みをいただきフランスを旅行しました。
現地で見たり、心動かされたことを、私のライフワークであるアートをテーマに、様々な建築とあわせ、このブログを借りて不定期でご紹介していきます。

旅の初日に訪れたのは南フランス。
美術を学び、探求している者として、ピカソやシャガール、マティスが愛した南フランスは訪れたい憧れの場所のひとつ。
目指したのは、ヴァンスにあるマティスのロザリオ礼拝堂です。
マティス自身が「光が長く差し込む冬の午前11時が最も美しい。」と語っていましたので、その時間に合わせて訪ねました。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】

海岸線のニースからバスに揺られて小一時間で山あいのヴァンスへ。
旧市街から礼拝堂まではゆるやかな登り坂を徒歩で20分くらい。地中海を見下ろすヴァンスの街並み、写真中央の白壁に青い屋根の礼拝堂を目指します。
年の瀬とはいえ、ゆったりとした時間が流れます。陽光温かく、上着がいらないくらいの気候。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】

ロザリオ礼拝堂は、マティスが最晩年、建築、ステンドグラス、壁画、家具、十字架、司祭服などすべてを手がけた礼拝堂です。礼拝堂自体が総合芸術で、マティスの集大成といわれています。

設計監修はル・コルビュジエの師であるオーギュスト・ペレが担当。
コンクリートのシンプルな形の礼拝堂です。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】
(Chapelle du Rosaire HPより)

隣接するミュージアムの窓からは、目の前に礼拝堂のあざやかな青い屋根。その向こうに見える三角屋根は修道院です。

−アートと建築の旅@−

礼拝堂の入り口と十字架、そして修道院。
十字架は12メートルもあるそうです。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】

礼拝堂内部は、撮影が制限されていますので、ホームページなどから写真を借りながらご紹介しますね。

室内に入った第一印象は、その明るさ。礼拝堂に抱いていたイメージとかけ離れていました。
いかにもマティスらしいデザインのステンドグラスから入る光が、床や壁のタイル画へ混ざり合いながらたゆたい、空間全体が色と光で満たされ、とても穏やかで温かな空気に包まれていました。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】
(Musée Matisse HPより)


時間の経過によって、刻々と変化する光の戯れの美しさは、小さな奇跡を目撃しているような、建物がまるで生きているようでした。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】
(Musée Matisse HPより)


マティスがたどり着いた、集大成ともいえる「光の礼拝堂」。
地中海の温かで幸せな気持ちにさせてくれる陽光との関係が、この礼拝堂の最大の魅力だと感じました。
画家ならではの光のとらえ方、マティスの人となりが表れているようなあたたかな礼拝堂でした。

私にとっても、「光」について深く考えさせられる訪問となりました。

礼拝堂のテラスから。
きれいな冬の青い空に、ヨーロッパ特有の幾筋もの飛行機雲。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】


ただいま東京・国立新美術館で、ロザリオ礼拝堂を再現。
日の出から日没までの一日を体感することが出来ます。
ご興味ある方はぜひ。

「マティス 自由なフォルム」(国立新美術館・5月27日まで開催中)



<Une petite pause“ちょっとひと休み”>

旧市街に戻り美味しそうなお肉屋さんを発見。
ジャガイモと栗とマッシュルーム、ジャガイモのゴルゴンゾーラグラタンを買い、青空の下でひと休み。温めてくださり、優しさと笑顔もいただきました。

−アートと建築の旅@− フランス【マティス ロザリオ礼拝堂 / ヴァンス】



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